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9 不滅の甲子園20勝 備 考
桑田 真澄

PL学園
(大 阪)
主砲・清原和博とのKKコンビで甲子園に一時代を築いた。昭和58年夏から5季連続で出場しての通算20勝は戦後最多であり、不滅の金字塔である。旧制中等学校時代(5年制)に6季出場で23勝した吉田正男(中京商)がいるが、現在の3年制の高校野球で1年生夏からエースで甲子園のマウンドを踏み、常に注目される環境下で、打倒PLを目指す全国の強豪校を敵に回しながら、結果を出し続けたその精神力と勝利に対する執念は驚異的である。また、投打のバランスが整いチーム力として強いチームは出てきたとしても、これほど傑出した投打の主役が同一チームに出揃う例は今後まず出てこないだろう。

始めて甲子園に姿を見せたのはKKコンビが1年生だった昭和58年夏。前年夏は、池田(徳島)が畠山準・江上光治・水野雄仁のやまびこ打線の猛打で全国制覇、従来の甲子園戦法を粉砕した。続く58年春も4番でエースの水野投手が活躍して池田が夏春連覇、池田の快進撃はとどまるところを知らず、同年夏は史上初の3季連続優勝に期待がかかっていた。こんな最強軍団・池田の前に堂々立ちふさがったのが、1年生の清原が4番を打ち、1年生の桑田が背番号11ながら実質エースをつとめる、恐いもの知らずのPL学園である。

池田との世紀の対決
58年夏、初戦の所沢商(埼玉)に6対2、2回戦の中津工(大分)に完封7対0、3回戦の東海大一(静岡)に6対2と順調に勝ち進む。迎えた津野浩志投手の高知商との準々決勝は壮絶な点の取り合いとなり、10対9で辛うじて勝利を手にした。準決勝で最強軍団・池田と世紀の対決だったが、一方的に攻めて完封7対0でPLが快勝、史上初の夏春夏3連覇という池田の夢を打ち砕いた。この試合の2回、2死一塁から7番小島が二塁打で先取点、8番桑田が2ストライク後の内角高めに外すはずだった水野のストレートを強振して左翼に2ラン、9番住田も冷静さを失っている水野のスライダーをとらえて左翼に連続本塁打。あっという間の4点だった。4回には先取点を挙げた小島にも本塁打が飛び出し、この日の下位打線は3発6打点の大活躍。投げては桑田が猛打の池田打線をわずか102球で5安打完封して、大本命を破ったのである。

▼昭和58年選手権大会・準決勝 (池田)水野雄仁 (PL)桑田真澄
PL田 000 000 000=0
PL学園 041 100 10X=7

決勝は、横浜商(神奈川)との対戦。好投手三浦将明と投げ合い、まず2回、先頭の清原の右中間ラッキーゾーンへの本塁打でPLが先制、7回に1点を追加、8回には今大会チーム8本目(新記録)となる加藤正樹の本塁打が飛び出して3対0、PLは桑田―藤本の完封リレーで全国制覇を果たした。

▼昭和58年選手権大会・決勝 (横浜)三浦将明 (PL)桑田真澄、藤本耕
.000 000 000=0
P L 学 園.010 000 11X=3
※PL学園は5年ぶり2回目の選手権大会V。

甲子園20連勝でストップ
2年生になったKKコンビは、59年春の選抜に登場。初戦の砂川北(北海道)に18対7、2回戦の京都西に10対1、準々決勝の拓大紅陵に完封6対0と、強力打線で圧倒するが、準決勝は一転して、田口竜二(南海)や田中幸雄(日本ハム)のいる都城(宮崎)と1点を争う接戦、延長11回にサヨナラ勝ちで1対0。

▼昭和59年選抜大会・準決勝 =延長11回=
(都城)田口竜二 (PL)田口権一、高松省平、桑田真澄

PL城 000 000 000 00=0
PL学園 000 000 000 01X=1

連続完封で波に乗って決勝を迎えるが、初出場の岩倉(東京)・山口重幸に1安打完封負け(0対1)で準優勝に終わり、昭和56年、57年の春連覇から続いていたPL学園の甲子園連勝記録は「20」でストップした。

▼昭和59年選抜大会・決勝 (PL)桑田真澄 (岩倉)山口重幸
PL学園 000 000 000=0
PL倉 000 000 01X=1

打者・桑田真澄
59年夏は、初戦の享栄(愛知)戦で清原が1試合3本塁打の新記録を達成し14対1で大勝、2回戦の明石(兵庫)にも9対1、3回戦の都城にも9対1と猛打で圧倒。準々決勝の強豪・松山商(愛媛)とは接戦の末2対1で勝ち上がり、準決勝も金足農(秋田)の水沢博文に苦しめられた。初回、4番長谷川にタイムリーを許し先制され、7回に追いついた矢先、原田好二にタイムリーを打たれる。8回表を終わって金足農が2対1でリード、満場が息をのみ巨星が堕ちる現実を受け入れかけていたそのときだった。打者・桑田真澄のバットが火を噴いた。金足農のひそかな野望を打ち砕く逆転2ランは左翼ポール際、スタンド上段に舞い落ちる特大アーチ。決勝進出を決めた。

▼昭和59年選手権大会・準決勝 (金足)水沢博文 (PL)桑田真澄
農 100 000 100=2
P L 学 園 000 001 02X=3

決勝の相手は、木内監督率いる取手二(茨城)。石田文樹との投げ合いは、8回表を終わって1対4の劣勢。ここからPLが得意の粘りで一旦は9回に追いついたが、延長10回中島彰一に決勝3ランを浴びて4対8、再び決勝で敗れ準優勝。

▼昭和59年選手権大会・決勝 =延長10回=
(取手)石田文樹、柏葉勝己、石田文樹 (PL)桑田真澄、清水哲

.200 000 200 4=8
P L 学 園.000 001 021 0=4

KKコンビ最後の年
KKコンビ最後の年、まず60年春の選抜に出場。初戦の浜松商(静岡)に11対1、2回戦の宇部商(山口)に6対2、準々決勝の天理(奈良)には完封7対0と圧勝。準決勝は、初出場の伊野商(高知)・渡辺智男(西武)に苦しめられる。清原が3三振と完璧に封じられ、結局1対3で完敗。はじめて決勝進出を阻まれベスト4止まりに終わる。

▼昭和60年選抜大会・準決勝 (伊野)渡辺智男 (PL)桑田真澄
.200 001 000=3
P L 学 園.000 010 000=1

大会最多29得点
3年間の集大成、最後の甲子園となる60年夏、メンバーは1番センター内匠政博(近鉄)、3番セカンド松山秀明(オリックス)、4番ファースト清原で、桑田はピッチングに専念すべく8番に入り、内野の控えに今久留主成幸(横浜)という、とても単独チームとは思えない豪華布陣だった。初戦(2回戦)、東海大山形には大会最多の32安打、大会最多の29得点を上げて圧勝。毎回得点も史上初という記録ラッシュのこの試合、最終回にPLが5点取られた9回1死から清原が甲子園2度目の登板。連続四球を与えてピンチを迎えたが無失点で試合を締めくくっている。結局、29対7でゲームセット、静岡商の最多得点差記録23(27対4長野商)には1点及ばなかった。

▼昭和60年選手権大会・2回戦
(東海)藤原安弘、安達政広 (PL)桑田真澄、井元秀人、小林克也、清原和博

東海大山形.001 000 015=
P L 学 園.254 362 52X=29

3回戦は津久見(大分)を完封3対0、準々決勝は高知商の中山裕章(大洋、中日)と投げ合い、清原・桑田のアベックアーチなどで6対3快勝。準決勝の甲西(滋賀)戦も清原の2発を含む4アーチで猛打炸裂、15対2で圧勝。

▼昭和60年選手権大会・準々決勝 (高知)中山裕章 (PL)桑田真澄
__.020 000 100=3
P L 学 園.004 020 00X=6

甲子園通算20勝
決勝戦の相手は藤井進のいる宇部商。藤井はこの大会、清原に負けず劣らず3試合連続本塁打(東農大二・鹿児島商工・東海大甲府)を放ち、個人最多打点14を記録した。ちなみに、清原は3試合連続5本塁打(高知商1・甲西2・宇部商2)を記録している。
2回、宇部商に犠飛で先制を許すが、4回先頭打者・清原が左翼に同点アーチ。5回に内匠のタイムリーで逆転。6回、宇部商4番・藤井のタイムリー三塁打と犠飛で2対3、ふたたび逆転されるが、その裏清原がこの日2本目、甲子園通算13本目となるバックスクリーン横への特大同点アーチを放った。3対3で迎えた9回裏、2死から安本が中前打と盗塁で2死二塁とし、続く松山が右中間に劇的なサヨナラヒット。KKコンビのPL学園は2度目の全国制覇を果たした。清原は最後の夏に5本塁打を加えて甲子園通算13本塁打(最多)、桑田は甲子園通算20勝に到達した。

▼昭和60年選手権大会・決勝 (宇部)古谷友宏 (PL)桑田真澄
__.010 002 000=3
P L 学 園.000 111 001X=4
※PL学園は2年ぶり3回目の選手権大会V。

甲子園での投手成績
大 会スコア対戦相手備 考
昭和58年夏1回戦06-2____完投勝利:5安打4奪三振
2回戦07-0__完封勝利(1):3安打3奪三振
3回戦06-2東 海 大 一藤本-桑田 (救援2回無失点)
準々決勝10-9__桑田 (4回2/3で5失点降板) -東森-藤本
準決勝07-0___完封勝利(2):5安打1奪三振
_03-0__桑田 (先発勝利 6回1/3無失点) -藤本 (全国制覇)
昭和59年春1回戦18-7__登板なし (田口-高松)
2回戦○10-1__西完投勝利:9安打8奪三振
準々決勝06-0拓 大 紅 陵完封勝利(3):3安打9奪三振
準決勝01-0___田口-高松-桑田 (救援勝利 8回無失点、延長11回)
_00-1___完投:6安打14奪三振
昭和59年夏1回戦○14-1___完投勝利:3安打11奪三振
2回戦09-1___桑田 (先発勝利 6回無失点) -高松
3回戦09-1___完投勝利:6安打8奪三振
準々決勝02-1__完投勝利:7安打6奪三振
準決勝03-2__完投勝利:8安打9奪三振
_08-4__桑田 (9回2/3で8失点降板) -清水哲 (延長10回)
昭和60年春1回戦○11-1__桑田 (先発勝利 6回1失点) -小林-清原
2回戦06-2__完投勝利:7安打6奪三振
準々決勝07-0___完封勝利(4):3安打7奪三振
準決勝01-3__完投:9安打1奪三振
昭和60年夏2回戦○29-7東海大山形桑田 (先発勝利 6回1失点) -井元-小林-清原
3回戦03-0__完封勝利(5):8安打6奪三振
準々決勝06-3__完投勝利:9安打7奪三振
準決勝○15-2___西桑田 (先発勝利 6回2失点) -田口
_04-3__完投勝利:6安打7奪三振 (全国制覇)
昭和58年夏=優 勝
昭和59年春=準優勝
昭和59年夏=準優勝
昭和60年春=ベスト4
昭和60年夏=優 勝

甲子園通算成績
 20勝3敗(戦後の最多勝)
 5完封
 選_06勝2敗
 選手権14勝1敗 (最多勝タイ)
 防御率1.55

巨人
173勝141敗14セーブ
最優秀防御率
 2.17 (昭和62年)
 2.22 (平成14年)
最高勝率 (昭和63年)
沢村賞 (昭和62年)
最優秀選手 (平成6年)
ゴールデングラブ賞 8回

ピッツバーグ・パイレーツ
0勝1敗3ホールド (平成19年)
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