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27 投げてもよし、打てばなおよし 備 考
真田 重蔵
(重男)  

海 草 中
(和歌山)
戦前の伝説の大投手・嶋清一の後を継いで、海草中(現・向陽)を夏連覇に導いた真田重蔵は、アルプスを沸かせた戦前最後の怪腕といわれた。「投げてもよし、打てばなおよし」の看板選手だった。プロ野球でも通算178勝の投手として活躍した後、明星(大阪)の監督に就任、昭和38年夏の選手権大会では和田徹捕手(阪神→南海)を擁して全国制覇を果たしている。

史上4校目、夏の選手権連覇
昭和14年夏、嶋清一投手で優勝した海草中では野手として出場しているが、翌15年春は投手として選抜大会に出場、島田商(静岡)に4対5、初戦(2回戦)で敗退している。
夏連覇を目ざす15年夏は、初戦の平壌一(朝鮮)に無安打13奪三振の1失点完投で12対1、準々決勝の京都商に4対3(延長12回)、準決勝の松本商(長野)に3対1で勝利し、決勝進出。決勝の対戦相手は、春選抜大会で惜敗した島田商という因縁の対決となった。一言多十(専大→新田建設→セネタース→東急→急映→阪急)との投手戦を剛球で制して7安打1失点の完投。2対1で島田商を下し、海草中を夏の選手権連覇に導いた。夏の連覇は和歌山中(大正10、11年)、広島商(昭和4、5年)、中京商(昭和6〜8年、3連覇)に続く史上4校目。

▼昭和15年選手権大会・準々決勝 =延長12回= (海草)真田重蔵、田中 (京都)神田
海草中 030 000 000 001=4
京都商 000 003 000 000=3

▼昭和15年選手権大会・準決勝 (海草)真田重蔵 (松本)洞沢
海草中 001 010 010=3
松本商 001 000 000=1

▼昭和15年選手権大会・決勝 (島田)一言多十 (海草)真田重蔵
島田商 000 100 000=1
海草中 001 000 10X=2
※海草中は2年連続2回目の選手権大会V。

甲子園での投手成績
大 会スコア対戦相手備 考
昭和15年春2回戦04-5___完投:5安打5奪三振
昭和15年夏2回戦○12-1平 壌 一 中完投勝利:無安打13奪三振 (1失点)
準々決勝○04-3__真田-田中 (延長12回)
準決勝03-1__完投勝利:7安打5奪三振
_02-1__完投勝利:7安打4奪三振 (選手権連覇)
昭和16年春1回戦01-2__完投:2安打3奪三振

プロ入り後は大エース兼代打の切り札
プロ入り後は昭和21年から3年連続20勝以上。セ・パ分裂1年目の昭和25年に剛速球とドロップであげた39勝は、現在もセ・リーグ最多勝記録。同年、小鶴誠、岩本義行らの「水爆打線」と右腕・真田、左腕・大島信雄(防御率1位)の二本柱の活躍で松竹ロビンスはシーズン98勝(137試合)という圧倒的な強さだった。勝率.737は、現在でもセ・リーグ記録。真田は23年と27年にそれぞれ阪神、広島を相手にノーヒットノーランを達成している。
また真田は、別所昭(毅彦・巨人)とともに、強打の投手として有名。昭和25年は別所が打率.344、4本塁打28打点。真田は打率.314、2本塁打、36打点。以後、3年連続の打率三割を記録し、大エース兼代打の切り札という選手だった。セ・リーグの規定投球回に到達した投手でシーズン打率3割(打数100以上)をマークしたのは真田と別所の二人だけ。しかも、真田は二度も記録。まさに「投げてもよし、打てばなおよし」。大谷翔平(日本ハム)が騒がれる60年以上前に元祖・二刀流は実在していたのである。

規定投球回に到達した投手の打率3割(打数100以上/セ・リーグ)
選 手所属打撃成績投手成績
























勝 敗
昭和25別所毅彦巨 人6715152428.34443278314.00892.5522勝11敗
昭和25真田重蔵松 竹7317254236.31461285395.21343.0539勝12敗
昭和27真田重蔵阪 神7812941018.31838144228.00501.9716勝09敗




明星監督として全国制覇
真田はプロ野球引退後、明星高(大阪)の野球部監督に就任。堀川浩伸投手(法大)と和田徹捕手(阪神→南海)のバッテリーを擁して、昭和38年夏の選手権大会に出場。堀川が大垣商(岐阜)、甲府商(山梨)を連続完封すると、準決勝も完封5対0で横浜(神奈川)を下して決勝へ進出。春夏連覇に王手をかけた池永正明の下関商を決勝で破って優勝。選手として2度、監督として1度の全国制覇を経験した。池永後略の戦法として、先頭打者にバント奇襲を指示、左肩を脱臼していた池永から奪った内野安打をきっかけに、下関商の内野守備の乱れを突いて初回に2点を取り、下関商の反撃を1点で食い止めて逃げ切りに成功。巧みな投手交代でチャンスを与えず、下関商の連覇を阻止している。

▼昭和38年選手権大会・決勝 (明星)堀川浩伸、角田哲美 (下関)池永正明
_星 200 000 000=2
下関商 000 001 000=1

甲子園での監督成績
大 会スコア対戦相手備 考
昭和38年夏2回戦06-0___堀川完封勝利:2安打1奪三振
3回戦◎11-0__堀川完封勝利:2安打6奪三振
準々決勝04-3九 州 学 院堀川-角田-堀川
準決勝05-0___堀川完封勝利:4安打8奪三振
_02-1__堀川-角田 (全国制覇)
昭和13年夏=1回戦(投手=嶋清一)
昭和14年春=1回戦(投手=嶋清一)
昭和14年夏=優 勝(投手=嶋清一)
昭和15年春=2回戦
昭和15年夏=優 勝
昭和16年春=1回戦

昭和38年夏=優 勝(明星監督)

甲子園通算成績
 投手 3勝2敗 (選手権3勝0敗)
 監督 5勝2敗 (選手権5勝0敗)

朝日→パシフィック→太陽
→松竹→阪神→明星(大阪)監督

昭和21年=25勝
昭和22年=23勝
昭和23年=25勝
昭和25年=39勝(最多勝)、沢村賞
ノーヒットノーラン(2度)
 昭和23年9月=対阪神
 昭和27年5月=対広島

プロ通算成績
 178勝128敗
 防御率2.83

平成2年に野球殿堂入り
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