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文字通りの最終回。この回を終了して勝負が決まらない場合は、大会規定により引分再試合です。さあ、18回表の松山商の攻撃が始まりました。

[18回表]松山商
5番久保田が痛烈なピッチャー返しで太田を強襲した。いい当たりだ!太田が打球をはじいている!二塁手滝上が素早く回り込んで一塁送球はアウト!ナイスプレイ。続く6番井上は中飛に倒れて既に2死。7番ラッキーボーイ西本に対して、太田がストレートの四球を与えますが、8番平岡を右飛に打ち取って3アウト。あっぱれ、太田は262球の熱投!強豪松山商業を敵に回して見事に18回の完封劇を演じました。この瞬間、松山商業のこの試合の勝ちはなくなりました。
[18回ウラ]三沢
今度は三沢高校の最終回の攻撃。先頭の2番小比類巻がフルカウントから中前安打で出塁。無死でサヨナラの走者が出ました。三塁側アルプスが割れんばかりの大声援です。拙攻で再三のチャンスを潰し悔しい思いをしてきた三沢高校が、最後のチャンスをモノにするのでしょうか。《太田にはきっちりスコアリングポジションに送ってもらって、4番桃井・5番菊池に期待したい。案の定、田辺監督のサインはバントだった。》ところが3番太田の送りバントに一塁手西本が猛然とダッシュしてきて二塁へ好送球。小比類巻が二塁で封殺され1死一塁。三沢高校、この大事な局面で走者を進めることが出来ません。西本一塁手の好守は松山商業にとっては大きなプレイになりました。《三沢高校・田辺監督のサインは完全に松山商業に筒抜けであり、三沢ナインも薄々感じてはいたが、今さら修正変更もできない。》4番桃井は右翼へのファウルフライ、これを右翼手の平井がダイビングキャッチ!またしても松山商業の好守が井上を守り立てます。2死一塁と場面が変わって、5番菊池の初球に太田がスチールを敢行!これを見事に見破った松山商業バッテリーがウェスト、大森から樋野に転送されて太田は二塁タッチアウト!

試合終了!!ときに17時16分、4時間16分に渡る空前絶後ともいうべき歴史的な優勝戦が今終了いたしました。松山商業と三沢高校は互いに譲らず、延長18回の死闘の末、0−0の引き分け。勝負は明日の再試合に持ち越され、あらためて雌雄を決することと相成った訳であります。春夏を通じて決勝戦の延長18回は高校野球史上初めて、決勝戦が大会規定によって引分再試合になるのも史上初です。

翌19日の朝日新聞(朝刊)は一面で「決勝きょう再試合」という見出しで次のように伝えています。
言語に絶する大投手戦だった。『よかった。どちらも負けずに‥‥』。延々と続いた十八回、その非情なまでの死闘が打ち切られた一瞬の実感である。十一年前の徳島商−魚津の十八回引分けにも深い感銘を受けたが、これほど強烈な印象を与えた優勝戦は、かつてないだろう。

ちなみに、最後の場面で太田が二塁へスライディングした際、遊撃手樋野が右足を負傷。スパイクで右脛(すね)をパックリ切ってしまっていた。守りの要、打っては3番の樋野がもし翌日の再試合に出られないようなことがもしあれば、歴史は変わっていたかも知れない‥‥。(再試合へ続く)

※本文中の《青文字》ベンチの采配作戦の狙いをシミュレーションしています。 スコアシート最終版

1−9回成績比較延長戦(10−18回)

 

 



 

 

 



 

 

 

 

 



 

 

 



 

 

 
60405205010松山商6032042807
5030210517三 沢5030203516
_ 安打は松山商が12、三沢が10(長打は両軍なし)。盗塁は松山商が8回試みて6回成功(小比類巻の中指負傷が影響した)。松山商は、前半9回までに5つも記録した犠打が、延長戦以降はなし。守備では失策が松山商に2、三沢は失策0の堅守が光った。松山商が平岡を除く8人で17残塁、三沢が全員の13残塁という数字を見ても、いかに攻め合ったかを如実に表わしている。互いに4番の谷岡、桃井をノーヒットに封じたことも結果的に得点を与えないキーポイントになっている。

昭和33年に18回打ち切りという大会規定ができて以降、選手権第40回大会(昭和33年)の「徳島商 0−0 魚津」、46回大会(昭和39年)の「掛川西 0−0 八代東」に次いで、今大会の「三沢 0−0 松山商」はいずれも無得点の引き分け。またセンバツでは昭和37年に「作新学院 0−0 八幡商」が引き分け再試合になっています。
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